親の生活、誰がみる?

「両親の年金のことで相談があります」と言って来られたのは、30代のAさん。
Aさんには3年前に離婚した両親がいる。原因は父親の借金だった。父親は自営業だったが、離婚後病気になり、今では仕事もできなくなった。毎日の生活に困るようになり、あてにしたくなったのは、自分の年金である。すでに65歳を過ぎていたので、年金の手続きをしようとしたところ、実は、離婚前に母親が手続きをしていたことがわかった。母親が父親名義の銀行口座を作り、父親に替わって年金の請求をし、その年金を生活費に使っていた。

母親の言い分はこうだ。
「お父さんの借金に苦しんだ。私が返済もした。しかし、離婚するとき慰謝料もなかった。年金ぐらいもらって当然」。

母親は現在一人暮らし。父親の年金とパートの収入で暮らしている。母親自身の年金は65歳からもらえるが、金額はわずかしかない。父親の年金がなければとても生活していけない。

Aさんからの相談は母親のことで、「母のしていることは不正受給でしょうか」と尋ねられる。母親が父親の年金手帳を持って、偽りの「委任状」を作成して年金の手続きをしたのだろう。これはあきらかに問題である。他人の年金を黙って受け取っているのは不正なことだし、どんな事情があるにしても許されることではない。いったん自分で受け取った年金を慰謝料などとして母親に送金するということなら別の話だが。

「この年金はお父さんのものですよ」という私の答は、きっとAさんにもわかっていたに違いない。本当に困っているのは、実はAさん自身なのである。

彼にも自分の生活がある。子どもはまだ小さい。妻は第2子出産後、専業主婦となった。会社のボーナスだって少ないし、毎月の生活にゆとりはない。とても親に仕送りするだけのお金はない。かといって母親と同居できるような家でもない。また、同居には妻が賛成しないとわかっているので、それも言い出せない。だからといって、お金に困った母親をそのままにしておくこともできない。

自営業の長かった父親の年金は年間80万円ほど。この年金をめぐって、元家族がもめている。

「年金なんて関係ないと思って無関心でしたが、親の年金でこんなに困るなんて思ってもみませんでした」とAさんは言われる。

現在の年金のしくみは「世代間扶養」であり、子どもたちは「保険料」を出すことによって、親への仕送りをしているというしくみである。たくさんの子どもたちが支えているので、子どもひとりが親の生活費を全額出すわけではない。実は年金制度は、子どもたちにかわって親の生活を支えくれる制度である。もし、そういうしくみがなくなったら、どうなる? 誰が親の生活をみる? 

若い世代にも関係ないとは言えない年金のしくみ。だからこそ、もっと関心をもちたい。その後のAさん一家、どうしたのだろうか。それぞれが支えあいながら自立していく必要があるのだけれど、それにしても楽な道ではないと思う。