家は借りて住むもの?

「いったいなぜこんなものが来るのですか」とAさんが怒って来られた。手には税務署からの「譲渡所得の申告についてのご案内」文書と、譲渡所得の申告書。
「僕は、家を手放して、何の得もしていないのに、どうしてですか」

Aさんは40代前半のサラリーマン。実はAさん、2軒の家を購入した体験を持つ。1軒目の購入は実家だった。長年苦労してきた親を「自分の家」に住まわせてあげたいと、子どもたちもお金を出し合い、家を建てた。ローンは、兄弟2人と父親、3人で分担した。ところが、その後、両親が離婚することになった。父親が家を出た。子どもたちには、父親の分までローンを支払う余力はない。結局、家は売却するしかなかった。まだ高く売れる時期だった。

2軒目の家は、Aさんの最初の結婚後だった。共働きで妻の収入も多かったので、家を建てることができた。夢を実現するための、注文住宅だった。

そして、10年。いろいろなことがあった。仕事優先の共働き夫婦には会話もなくなり、Aさんは結婚生活を続けられなくなっていた。そんな夫婦の溝、どこの家庭にでもあることだろうし、普通はそのまますぎていくのかもしれない。ただ、Aさんは、もっと自分らしく生きたい、あきらめの中で生きていきたくないと思うようになった。そんなときに出会ったのが、今の妻だった。

前の妻との離婚が成立するまでは、大嵐が続いた。離婚することには合意できても、一番の問題は「家」だった。妻はどうしても家を手放したくないと言った。しかし、ローンを払い続けるほどの収入はない。逆にAさんは、家を全部妻にあげてもいいが、ローンは負担できないと思った。ローンの残った家をめぐって、修羅場が続いた。

最後の解決方法はお金だった。Aさんがローンの一部として妻に現金をわたす、家の名義は妻に変更、Aさん名義で組んでいたローンは妻が引き継ぐ、ということで話がついた。Aさんには、ローンの一部を支払えるような預貯金はなかった。結局、Aさんは会社をやめて、退職金のすべてを前の妻にわたすことにした。

Aさんは言う。「昔、先輩から、家は借りて住め、本は買って読めと言われたが、そのときは逆ではないかと思った」と。家は買って住むもの、本は図書館から借りて読むもの、そう思って2軒の家を買った。

しかし、この2軒の家をめぐって、先輩の言葉の意味を深く考えたという。「何も起こらなければいい。しかし、何かことが起こったときには、家は大きな荷物になる。家のために、これからの人生をがまんしてあきらめて生きていくことになるかもしれない、家とはそんなものにもなる」とAさんは語る。
退職金はすべてなくなった、仕事もなくなった。しかしその後、Aさんは、新しい土地でやりがいのある仕事をみつけることができた。

あきらめない人生を選んだこと、Aさんはよかったと思っている。だが、お金がないのはつらそうだ。そんなときに送られてきた「譲渡所得の申告書」。幸い、税額はゼロとなることがわかり、Aさんはほっと一息。 「今度はお金を貯める相談にのって下さい」Aさんはそう言って帰った。