第2回 人事担当1年生が学ぶ、誰もが働きやすい職場とは?

株式会社ABCでは、若手の白石さんが今日も人事担当として仕事に取り組んでいます。

人事部に異動になって半年。緊張の連続でしたが、ようやく仕事にも慣れてきました。300人も社員がいると、いろいろなことがあります。先輩の黒田さんは厳しい人ながらも、何かと白石さんに教えてくれます。人事部長の赤星さん、黒田さん、白石さんと3人でチームワークを組んで、さまざまな問題に対応しています。

人事担当1年生の白石さんは毎日が勉強です。第2回目は、社員の病気やケガへの対応、障害年金、障害のある人を雇用するにあたって知っておきたいことを白石さんといっしょに学びましょう。

◆健康保険からの休業保障 傷病手当金

今日はケガで休業していた青柳さんが職場復帰する日です。
アウトドア派の55歳の青柳さんは、山登りの途中、崖から転落し大ケガをしました。なんとか、歩けるまでに快復しましたが、杖なしには歩けません。もともと健康であっただけに、本人の落ち込みようは大変なものでした。それでも、持ち前の明るさと周囲の支えがあって、職場復帰することになりました。

会社としても青柳さんが無理なく職場復帰できるように環境を整えました。青柳さんは入社以降、営業部や経理部で仕事をし、事故に遭う前まで経理部長としてがんばってきた人です。部長職は交替しましたが、これからもその力を発揮しほしいと会社は考えています。

その青柳さんが、書類を持って人事部にやってきました。

「休職中はお世話になりました。何かと迷惑をかけますが、よろしくお願いします」と青柳さんは傷病手当金の申請書を出しました。

傷病手当金とは、病気やケガで休業し、賃金がない場合、健康保険から給付される給付金です。
平成19年4月から、1日分の給付額は標準報酬日額の3分の2となりました。青柳さんは標準報酬月額が44万円ですので、標準報酬日額は14,670円となります。(44万円の30分の1)傷病手当金はその3分の2となり、1日分として9,780円が対象期間について、健康保険から支給されることになります。

「休業中、傷病手当金があったので助かりました」と青柳さんが言いました。傷病手当金は原則として賃金の締め毎に申請します。支給開始から1年6ヵ月が限度です。

◆障害厚生年金は受給できる?

「ところで、障害年金のことを教えてほしいのですが」と青柳さん。

「障害年金ですか、この質問は初めてだなあ」と白石さん。黒田さんにSOSを出しました。黒田さんは、退職後は社会保険労務士として開業しようと、現在勉強中です。なるほど、よく知っています。

「青柳さんは新卒で入社し、ずっと厚生年金に加入していますね。厚生年金加入中にケガをしたので、障害認定日に障害等級3級以上に該当すれば、障害厚生年金をもらうことができますよ」と黒田さんが説明します。

病気やケガで障害等級に該当するような状態になった場合、要件をみたすと、障害年金を受給することができます。
初診日が国民年金加入中であれば、障害基礎年金のみ、在職中であれば、障害基礎年金と障害厚生年金です。ただし、3級に該当する人は、障害基礎年金は2級までしかありませんので、障害厚生年金だけとなります。また、病気になったらすぐに受給できるということではなく、原則として初診日から1年6ヶ月が障害認定日です。また1年6ヵ月までに症状が固定したときは、固定したときが障害認定日となります。障害認定日において、障害等級に該当しているかどうかを判断します。

青柳さんも快復すればよいのですが、自力では歩行困難な状態が続くかもしれません。車椅子の生活になるかもしれません。また、今後の療養のために、経理部長という役職も降りたので、賃金も下がり、高校生の子どもがいる青柳さんは生活に不安を感じています。

◆障害厚生年金と収入

「だいたいのことは社会保険事務所で調べたのですが、会社で給料の支払いがあっても障害年金はもらえるのですか」と青柳さんがたずねます。障害年金は、収入があっても減額されることはありません。(20歳前に初診日がある場合は所得制限あり)

青柳さんが、今後、障害等級に該当し、障害年金を受給することができれば、無理せずに、安心して働くことができます。心配ごとの多い青柳さんですが、元のように元気になってほしいと白石さんは思います。

「リハビリ、がんばってくださいね」

「がんばりますよ。また、キャンプにも行きたいですからね。元気になるのが一番ですが、もっと悪い状態になったときのことも考えておきたいのです。60歳以降働き続けても障害年金は減額されないのですか?」と青柳さんが質問します。

「60歳以降は、働き続けると、年金が調整されて…」と白石さんが言いかけると、黒田さんは「それは老齢厚生年金だけですよ。障害年金にはそのような調整はないのよ」と言います。

さらに、黒田さんは説明してくれました。
青柳さんが障害厚生年金を受給すると、60歳以降、障害厚生年金と老齢厚生年金の両方の権利が発生しますので、どちらから有利な年金を選択します。障害厚生年金が多ければ障害厚生年金を選択することになりますが、障害年金は非課税であること、障害年金は在職老齢年金の仕組みによる調整(一部カットや全額カット)を受けることはないことも考えて選択しましょう。

「しかし、障害厚生年金が有利となると、これから厚生年金に加入する期間は、まったく無駄になってしまうのですか」と今度は、白石さんが聞きました。

「65歳まではどちらか選択ですが、65歳以降は障害基礎年金を選択しても、2階に当たる年金は、老齢厚生年金が有利であれば、障害基礎年金と老齢厚生年金という組み合わせで年金をもらうこともできますよ」と黒田さんは答えます。

それを聞いていた人事部長の赤星さんは「障害があっても働くことを支援するという年金の仕組みなのだね」と言いました。

◆人事担当者の役割はいろいろ

それから青柳さんは経理部へ戻って行きましたが、その後で赤星さんが「他にも病気や障害を持ちながら仕事をしている社員がいるので、気配りが必要だよ」と言いました。

「心臓にペースメーカーを入れている社員もいるし、それから、精神的な病気で障害年金を受給しながら働いている社員もいます。今、それぞれの持ち場でがんばってくれているけれど、働き方に無理がないか、最近変わったことはないか、責任者とも連絡を取って対応することが人事担当者の役割ですよ」と黒田さんも言います。

「具体的にはどんなことですか」と白石さんがたずねます。「たとえば車の運転によくない薬を常用していている人には、車を運転するような業務に就かせないなど、会社として対応しておかないと、大変なことになるんだよ」と赤星さんは言いました。

プライバシーの問題もあって対応は難しいところですが、会社としては、社員のため、会社のため、一番よい方法を取らねばなりません。

◆障害者雇用は企業の責任でもある

「高齢者や障害者がその力を発揮できるように、支援があるのよ。また企業も努力をしなければならないのよ」と黒田さんが言います。

黒田さんは、白石さんに、障害者雇用率について、説明してくれました。

民間企業、国、地方公共団体は、「障害者の雇用の促進等に関する法律」により、一定の割合(法定雇用率)に相当する人数以上の身体障害者又は知的障害者を常用労働者として雇用することが義務付けられています。その目的は、事業主の社会連帯の理念に基づき、各事業主が平等に身体障害者又は知的障害者を雇用しているという状態を実現することにあります。この平等の割合が障害者雇用率になります。

「株式会社ABCはきちんと障害者雇用率を満たしているのだよ。でもさらに企業として何ができるのか、考えていかねばならないね。それは白石さんの役割だよ」と赤星さんが言います。

株式会社ABCでは、今回、青柳さんが復帰するにあたって、杖がないと歩けない青柳さんのために、職場環境を点検しました。段差はなかったものの、配線につまづかないように配線の位置を変更し、必要な箇所に手すりをつけることもしました。会社の中で危険な場所はないかどうかも点検しました。このような危険箇所の点検は、社員全員のための安全対策でもあるのです。

株式会社ABCは、ビルの1フロアを借りています。ビル全体では、車椅子も通れるスロープはあるし、車椅子用のトイレも設置されています。ですから新たに工事費等の費用はかかりませんでしたが、それでも、何かと準備は必要でした。

◆公的な支援も活用する

障害を持っている人の雇用を継続したり、新たに雇入れする場合、設備の改善などに対して、助成金が支給されることもあります。(助成金については個別の事例で確認してください)

自社だけでできないことについては、いろいろな支援があります。
地域障害者職業センターでは、職業リハビリテーション専門機関の立場から、雇用管理に関する助言その他の支援を行っています。事業主に対する支援に当たっては、個々の事業主の障害者雇用に関するニーズと雇用管理上の課題を分析して「事業主支援計画」を策定し、体系的な支援を行っています。

障害者職業カウンセラーが配置され、公共職業安定所等の関係機関との密接な連携の下、地域の職業リハビリテーションネットワークの中核として、地域に密着した職業リハビリテーションサービスを実施しています。また、障害者及び事業主に対して職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援事業を実施するとともに、そのためのジョブコーチ養成研修を障害者職業総合センターと一体的に実施しています。

「いろいろハンディのある人が働けるということは、みんなにとっても働きやすい職場だってことですね」
また、そんな企業を応援するための国の制度があるのです。

◆会社の要は"人"

「うちの会社では、優秀な人には力を発揮してもらいたいと思っている。青柳さんは、経理部でなくてはならない存在だ。力を持った人がその力を発揮できる会社を目指したいね。それが会社の発展にもつながって、会社が発展すれば、白石さんの給料も上がるからね」と人事部長の赤星さんは、白石さんのやる気も上手に引き出します。

人事担当の白石さんは、時として雑用に追われることもあります。
社員の採用や退職の手続きは限りがありませんし、源泉徴収票を発行してほしいとか、健康保険証を紛失したので再発行してほしいとか、そんな仕事も次から次です。いったい何をやっているのだろうと思う1日もありますが、人事担当者は会社の要となる人に関する仕事です。

誰もがその力を最大限に発揮できる、やりがいのある職場を目指せば、会社も伸びます。そのために自分自身がもっと力をつけていきたいと白石さんは思うのでした。