第3回 人事担当1年生が学ぶ、公的年金・企業年金と生活設計

株式会社ABCでは、若手の白石さんが人事担当として力を発揮するようになってきました。

先輩の黒田さんはあいかわらず厳しいですが、それは白石さんに期待をしているからです。人事部長の赤星さんはチームをまとめるのがうまく、黒田さん、白石さんの3人がさまざまな問題に対応しています。

人事担当1年生の白石さんには勉強することが続きます。株式会社ABCでは、現在導入している適格退職年金制度を見直さなくてはなりません。新しい課題に取り組まねばなりません。年金不安が増えているこの時代で、企業年金は公的年金の上乗せとなり、社員の働きがいにもつながる、重要な課題です。

今回は、企業年金について、白石さんといっしょに学びましょう。

◆年金制度の役割

今月、24歳の桃井さんが入社しました。白石さんは社会保険の加入手続きをするために、年金手帳を持ってくるように桃井さんに伝えました。

「年金手帳? 持っていませんよ」と桃井さん。「これまで国民年金の保険料を払っていなかったの?」と白石さんが聞きます。

「学生時代は、親が手続きしてくれていたようですが、その後のアルバイト生活では、保険料まで払えませんでした。それに、年金はあてにできないと思っているので、年金手帳もどこにあるかわかりません」

「それはよくないよ! 年金は大切なことなのですよ。年金手帳の再交付手続きはしますので、書類にサインをしてください」と白石さんは桃井さんに説明します。年金の仕組みも簡単に説明します。

「公的年金は、親への仕送りだと考えるといいですよ。桃井さんが親へ仕送りをしないですむのは親が年金制度から仕送りを受けているおかげだと思うとわかりやすいかな。そして、将来、桃井さん自身が子どもに仕送りをしてもらわなくてもすむように準備をしておくというのが、年金制度への加入なのですよ。そうそう、病気やケガに備える役目もありますよ。誰だって、いつ交通事故に遭うかわからないからですね!」

その説明を横で聞いていた赤星さんは「説明が上手になったな」と思います。4月に人事部に異動してきた白石さんですが、年金手帳再交付手続きも理解できていますし、若い桃井さんに年金の大切さを話すこともできるようになっています。

「株式会社ABCでは、企業年金があるから心強いわよ。つまり、3階建ての年金制度が用意されていると考えてみてください」と黒田さんが付け加えます。

「社員に力を発揮してほしいから、より安心して働ける制度を取り入れているのだよ。いい会社に入ったな。しっかりやれよ」と赤星さんは、桃井さんを励まします。桃井さんは「わかりました」と言って戻っていきました。

◆企業年金の種類

白石さんは企業年金については、まだよくわかりません。「企業年金にはどのようなものがあるのですか。基本的なことから教えてください」とさっそく黒田さんに質問です。

黒田さんは今年、社会保険労務士試験に合格しました。合格発表があったばかりです。よく勉強していて、人事部では頼りになる存在です。

「全部教えてもらおうなんて思うのはだめよ。自分で調べてみないと身につかないわよ」と、いつものことながら手厳しい黒田さんです。白石さんは、さっそく、企業年金について調べてみました。そんなことを言いながら、黒田さんが資料を貸してくれたのですが・・・

白石さんは本を開いて調べてみます。

日本の企業年金においては、厚生年金基金と適格退職年金が主流でした。企業年金は年金制度の3階にあたる部分だけを運営すればよいわけですが、厚生年金基金は、企業が国の年金を代行しているのが特徴です。本来国が運営すべき厚生年金の一部を企業が肩代わりしているのです。厚生年金基金は、あらかじめ社員にこれだけの年金を用意するという約束をして運営していく制度です。この仕組みが「確定給付」です。

運用がうまくいっているときは問題ありませんが、運用実績が悪くなり、お金が不足する場合には、企業が穴埋めをしなければなりません。その穴埋めが負担になって、厚生年金基金の代行返上が増えてきました。

「代行返上について説明できますか」と黒田さんが白石さんに聞きます。

言葉につまった白石さん。「国が行うべき2階部分の年金は国に返すということですよ。企業は本来の企業年金である3階部分だけを運営するということです。」と言われて、白石さんも理解することができました。

適格退職年金は、企業が退職金の全部または一部を受託会社である生命保険会社などと契約を結び、積立金の運用から年金の給付までを社外に委託する制度です。

「なぜ、税制適格と言うのか、わかりますか」と、また黒田さんが質問です。

これにも白石さんは答えられません。

「国から税制上適格と承認されているので、企業が負担する掛金全額が損金算入となったり、運用収益は非課税になるなどのメリットがあるからですよ」と黒田さんが説明してくれます。

ところが、適格退職年金制度では、平成24年3月をもって、税法上の優遇措置が廃止されます。そこで、他の制度に移行していく必要があるのです。株式会社ABCの適格退職年金制度も、新しい制度へ移行しなければなりません。 ◆新しい企業年金として

「日本の企業年金にもいろいろな種類がありますよ」と黒田さん。

新しい企業年金として、また、厚生年金基金や適格退職年金の受け皿として、確定拠出年金(企業型)や確定給付企業年金があります。ふたつの制度の大きな違いは、将来受け取る年金が確定しているのか、運用しだいなのかということです。確定給付企業年金は、将来の年金給付を約束しているという点では、厚生年金基金と同様ですが、厚生年金基金のように、国の年金の代行は行いません。

確定拠出年金では、企業が負担する掛け金は決まっていますが、運用は本人しだいという仕組みです。うまく運用できれば、受け取る年金も増えますが、運用が悪ければ、企業が拠出した元本を割ってしまうこともあります。運用するのは社員自身です。あらかじめ用意されら商品の中から、自分で金融商品を選択して、運用しなければなりません。

「金融商品の運用なんて考えたことがないから、むずかしいなあ。それに、他の社員もそうですよ。投資に詳しい緑川さんはいいかもしれないけれど、多くの社員はまったくわからないと思いますよ」と白石さんは言います。

「だから投資教育が必要なのです。確定拠出年金を導入すると、企業が穴埋めをしなくてもよいというメリットがあるけれど、投資教育という責任が出てくるわね。」

「どの制度がいいのでしょうか」

「それを検討するのだよ。会社にとってどうか、社員にとってどうか、どのような制度を導入するか、チームを組んで検討しよう。外部の専門家にも入ってもらおう。社員の代表にも入ってもらって、納得できる制度にしていかなくてはならないよ。忙しくなるよ」と赤星さんはいいます。「その中心になるなのだから、しっかり勉強しておくように」と、白石さんは言われます。

◆働きがいのある企業

働きがいを何に求めるのか、それは社員ひとりひとりによって異なるものです。やりがいのある仕事、自分の力を出せる仕事に働きがいを見出す人もいます。賃金や労働条件に働きがいを見出す人もいます。賃金は平均的であっても、退職金制度や企業年金にメリットを感じる人もいます。子育てや介護と両立しやすい職場にメリットを感じる人もあるでしょう。いろいろな要素が重なりあって、社員は企業で働き続けようとするのです。

企業は労働に対しては賃金を支払いますが、福利厚生制度を充実させることも社員の働きがいにつながります。退職金や年金制度も大切なことです。しかし、独自で年金制度や退職金制度を運営できない中小企業も少なくありません。そのような中小企業のために、国の制度があります。国の助成を受けながら従業員のための退職金を準備できるのが、中小企業退職金共済制度(中退共)です。加入するには一定の条件が必要です。その他に商工会議所、商工会などが運営している特定退職金共済制度(特退共)もあります。

ライフプランづくり

「企業がいろいろな制度を充実させることも大切だけれど、考えてみると、社員にもしっかり、自分のこれからの計画を立ててほしいですね。制度を活用できないと意味がないですね」と黒田さんが言います。

「会社が努力していろいろな制度を準備しても、それを活用するのは、社員だからね。公的な制度をベースにして、会社の制度を利用する、そして、なおかつ不足部分は補う、そんな社員教育が必要だね」と赤星さんが言います。
実は赤星さんも、仕事が忙しくて、あまり自分のことは考えていません。これではいけないと思っているところでした。

「定年退職者への説明会だけではなく、ライフプランセミナーを開催して、退職前の社員に参加してもらうというのはどうでしょうか」と白石さんが案を出します。

「それはいいと思います」と黒田さんも賛成します。

「退職直前では遅いかもしれないな。50代の社員を集めて、意識づけをしてはどうだろう」と赤星さん。

「だいたい、老後にどのくらいお金が必要か、考えたことのない人が多いので、これからの生活を考えるきっかけを作れることができればいいですね。会社にできることには限りがあるので、自助努力できるように、会社が支援するといいと思います。40代とか、50代とか、年代に合わせたセミナーができるといいですよね」と黒田さんも乗り気です。

「でも、誰が説明するのですか。僕にはちょっと荷が重いなあ」と白石さんは心配になってきました。
「福岡高齢期雇用就業支援センターで相談してみればどうかしら」と、黒田さんが情報誌「情報ステーション」を持ってきました。それでは一度電話で相談してみようということになり、社員向けライフプランセミナーの準備に入ることになりました。

※ 福岡高齢期雇用就業支援センターでは企業への出張セミナーを行っています。ライフプラン作成、退職後の生活設計など、社員への研修に、講師を派遣する制度があります。
(注:その後就業支援センターは廃止となりました)
◆意識を変える

「実は社員の意識が会社の鍵なのだ」と白石さんは、最近やっと気がついてきました。

会社を発展させていくためには、ひとりひとりの意識が大切です。仕事に前向きな姿勢を持ち、また無駄なコストは減らすということを社員が自覚してこそ、会社は発展していきます。

会社が準備した制度を社員が十分に活用するために、意識改革をしていくことも大切です。もちろん、研修をしたからすぐに変化するというものではありませんが、目標を明確にして取り組んでいくべきことでしょう。それが会社の発展へつながっていきます。白石さんも前向きな気持ちで仕事に取り組み、自分自身も成長したいと思いました。さあ、まだまだいろいろなことが、白石さんの前に待ち受けています!