第3回 人事担当1年生が学ぶ、働き続ける社員のために!

人事担当1年生が学ぶ、働き続ける社員のために! 株式会社ABCの人事担当となった白石さんは、もうすぐ満1年を迎えようとしています。人事部に配属されるまで営業担当だった白石さんにとっては、毎日、勉強することばかりでした。人事部長の赤星さんと先輩の黒田さんに、ずい分きたえられました。 毎日、いろいろなことがあります。労務管理は一番の課題ですし、事務手続き、給与計算もしなくてはなりませんし、社員の悩みごとにもできるだけ相談にのるようにしています。社員ひとりひとりに、この会社で力を発揮してほしいからです。人事部は社員を支える役割を担っているのだと赤星さんは考えています。 今日も朝からいろいろなことがあります。黄島さんが相談にやってきました。有給休暇の申請です。 「実は入院していた父親が家に帰ってくるのです。入所できる施設を探しているのですが、すぐには無理なので、しばらくは家でめんどうみます。それでお休みしたいのです」 黄島さんのお父さんは退院しますが、介護が必要です。入所できる施設を探していますが、お父さんが施設に入るのはいやだと言い張ることもあって、しばらく家で様子をみたいとのこと。家での生活に慣れるまで、誰かが見守っていなければなりません。 実は黄島さんも困っています。子どもは高校生と大学生です。教育費もかかり、家のローンもあります。仕事を辞めることもできないし、いつまでも休むこともできません。 「そんな事情なら介護休暇を取ることもできますよ」と白石さんが言います。介護休業は法律で定められている制度で、株式会社ABCでも就業規則に明記しています。株式会社ABCではこれまで介護休業を取得した人は誰もいません。初めてのことでしたが、白石さんは、同居のお父さんは介護休業の対象家族となること、最長で3ヵ月休業できることなど、簡単に介護休業について説明しました。 「父の今後の方針が固まるまで介護休業という方法もあるのですね。でも収入がないのは困るのです。そんなにゆっくり休めません。」 「介護休業中は、雇用保険から給付金がありますよ。賃金の40%だったかなあ…」と白石さんはちょっと自信がなくなりました。「そうよ、40%よ」と横で黒田さんが教えてくれます。 「少ないけれど賃金の40%の給付金があるのだから、その間に退院後のお父さんの様子を見て今後のことを検討されたらどうですか」と白石さんはこんなアドバイスもできるようになっています。 「介護保険の申請はしましたか」と黒田さんも言います。介護保険で要介護・要支援と認定されると、介護保険を利用することができます。訪問介護(ホームヘルパーが家庭を訪問して支援するサービス)や通所介護(デイサービスに通うなど)を利用しながら、仕事を続けている社員もいます。会社としても、必要な人材が介護で仕事を辞めることのないように、できるだけ配慮したいと考えています。黒田さんは介護保険の申請の仕方を具体的にアドバイス。黄島さんは、「とにかくすぐに申請に行ってきます」と、これからの方向性が見えてきたようで、ほんの少し元気になってもどっていきました。 ますます高齢化か進んで行く中で、介護に直面する社員も多くなるだろうと白石さんは思います。「会社としては、家族の介護で退職しなくてもすむような働く環境づくりと、介護に対する情報提供が課題ですね」と白石さんは言いました。 さて、今度は来月から産休に入る紫野さんが、大きなお腹をかかえてきました。紫野さんは初めての出産で、仕事を続けることに不安がありました。働く母親でもある黒田さんがいろいろと相談にのり、紫野さんは退職せずに育児休業を取ることになりました。あともう少しで産休に入ります。 「これからの手続きについて説明してあげてください」と黒田さんが白石さんに言います。実は白石さんにとって、出産前後の手続きも始めてのことです。 「出産手当金は産前6週、産後8週、標準報酬日額の3分の2が支給され・・・」と白石さんが説明しかけると、「丸暗記しましたね。そんなにむずかしい言葉を使うと説明にならないのよ」と黒田さんは手厳しく言います。「給料の3分の2は健康保険から給付金が出ると思っていいですよ」と、黒田さんは、紫野さんの給与を調べて、具体的な金額を教えていました。 「予定日が遅れると、どうなるのですか」と紫野さんからの質問です。黒田さんは、遅れた日数についても出産手当金が支給されると説明しました。 出産手当金の他に出産育児一時金が35万円。事前に申請しておくと、病院で立替払いをしなくてすみます。仮に出産費用が40万円かかったとしても、差額の5万円を病院の窓口で払えばよいのです。「病院で証明をもらってください」と白石さんは事前申請の用紙を渡しました。 産後8週が経過すると、今度は育児休業に入ります。紫野さんは子どもが1歳になるまでは育児休業を取得するつもりです。育児休業中は、雇用保険から育児休業給付金があります。育児休業期間は休業前賃金の30%が育児休業給付金、職場復帰後6ヵ月後には、休業期間につき20%が育児休業者職場復帰給付金として支給されると、今度は白石さんが説明しました。育児休業は、原則として1歳までです。保育園に入所できないなど、特別な理由がある場合は、1歳6ヵ月までです。 なお、育児休業中は、健康保険料も厚生年金保険料も免除されます。 「紫野さんは少子高齢社会に貢献するのだね。少子高齢化で、子育てにはやさしく、高齢者にはきびしくなるんだなあ・・・」と赤星さんが言います。団塊世代の赤星さんにとって高齢者の問題はひとごとではありません。 出産前後の給付金   (例) 1歳になるまで育児休業した場合 出産手当金 出産育児一時金▼ 育児休業基本給付金 育児休業者職場復帰給付金▼ 産前休暇 (6週) 産後休暇 (8週) 育児休業期間 働く         ▲出産日     満1歳の誕生日の前日 ▲    6ヵ月後▲ 社会保険料負担 社会保険料免除 次にやってきたのは、緑川さんです。緑川さんは、最近実家の親と同居をはじめました。認知症があるので、ひとり暮らしは心配になって同居することになりました。 「健康保険の扶養に入れたいので、手続きをお願いします」 緑川さんは、年金証書のコピーも持ってきました。年金受給者を健康保険の扶養に入れるのには、年金180万円未満が条件です。 「ところで、75歳以上の人が加入する新しい医療保険ってどうなったのだろう。うちのおばあちゃんも今は扶養家族になっても、すぐに新しい制度に入ることになるのじゃないかな。年金から、保険料が引かれるって聞いたけれど、さらに少ない年金から引かれたら大変だ。デイサービスにも通えなくなってしまうよ」と緑川さんは心配です。 4月から後期高齢者医療制度がスタートします。後期高齢者医療制度は、老人保健に代わる新しい医療制度です。75歳以上の後期高齢者を対象に、独立した「後期高齢者医療制度」が老人保健制度に代えて新設されます。65歳以上75歳未満は、前期高齢者としてこれまでの医療保険制度に加入しますが、75歳以上は、新たに都道府県ごとに設置される広域連合が運営する後期高齢者医療制度に加入することになります。これまで、75歳以上の人も、国民健康保険や健康保険、あるいは扶養家族となっていましたが、新制度では、これまでのすべての人に保険料負担となります。保険料は年金から天引きされます。 「年金からは介護保険料も引かれているのに、さらに医療保険料の天引きか。これはきびしい。うちのおばあちゃんは遺族年金で暮らしているけれど、月に10万円ぐらいだよ」 ただし、75歳以上の人で、平成20年3月31日において健康保険の扶養家族となっている人は、平成20年4月から9月までの6ヵ月間は無料となり、平成20年10月から平成21年3月までの6ヵ月間は、頭割保険料額(被保険者金等額)が9割軽減された額となります。新しい制度についても人事担当者はしっかり把握しておかねばなりません。 後期高齢者医療制度の主な内容 被保険者(対象者) 75歳以上の人全員が対象 (一定の障害がある人は65歳以上) 被保険者証(保険証) 被保険者全員に「後期高齢者医療制度」独自の保険証を1枚ずつ交付 医療機関での一部負担金 医療費の自己負担割合は1割(現役並み所得者は3割) 保険料の負担 所得などに応じて決められた保険料を被保険者全員が負担する。原則として年金から天引き。 これまで保険料の負担がなかった被用者保険の被扶養者の人も保険料を負担する。 制度の運営主体 県内の全市町村が加入する「後期高齢者医療広域連合」が運営主体になる 広域連合の役割 対象者の資格管理、保険料の賦課、医療の給付等を行う。 市町村の役割 届出や申請等の窓口業務や保険料の徴収等を行う。 給付 現行の老人保健制度と同様の給付を受けられる。 4月末で60歳定年を迎える青木さんがやってきました。青木さんは5月からは短時間の定時社員として働く予定です。少年サッカーチームの監督をしているので、定年後は、仕事以外に子どもたちの育成にかかわりたいそうです。 そんな青木さんは、団塊世代の同僚に、うらやましがられています。仕事一筋でやってきた社員は、退職後に生きがいをと言われてもて困っているのです。白石さんが計画し、50歳代の社員を集めてのライフプランセミナーが先日開催されました。福岡高齢期雇用就業支援センターから講師を派遣してもらい、定年後のプランを考えてみました。「生きがいを意識しよう」という話に、赤星さんは何も考えていない自分に気がつきました。その中で青木さんは自分のやりたいことがはっきりしていて、それに向かってすすんでいます。 青木さんの相談は「雇用保険のことがよくわからなくて。女房が、短時間で働くと次に退職するときに雇用保険からの給付金が減るので不利だと、友達から聞いてきたというんですよ。どういうことなんでしょうか」ということでした。 「基本手当は退職前6ヵ月の賃金で決まりますから、賃金の高い60歳で退職するのと、賃金が減ってしまったあとに退職するのとでは、当然基本手当の金額は異なります。でも、年金もあるし、高年齢雇用継続給付もあるし、給料もあるし、好きなサッカーにもかかわれるし、うらやましいなあって思いますよ」 「短時間になっても雇用保険には入るのですね」 「青木さんの場合は、週に20時間以上働きますので、加入します。このまま継続して加入しますよ。だから高年齢雇用継続給付もあるし、社会保険には加入しないので、年金カットはありませんよ」」 「よくわかりました。自分でもいい選択をしていると思っているのだけれど、女房に説明がつくかなぁ…」と言って青木さんは戻っていきました。 こんな調子で今日も白石さんはいそがしくすごしました。しかし、その間にも、社会保険や雇用保険の書類を作成したり、確実に仕事をこなしています。 「今日は早帰り日だ。残業しないで早く帰ること」と夕方になると赤星さんが言います。 白石さんは言われなくても帰っていきます。これは秘密ですが、黒田さんに刺激されて、夜は社会保険労務士受験対策講座に通っています。黒田さんだけは知っていて、「きちんと修了して教育訓練給付金をもらわないとね!」と応援しています。 白石さんが帰ったあと、「白石くんは期待どおりだな」と赤星さんが黒田さんに言います。 「なぜ、まったく経験のない白石さんを人事担当にしたのか、わかってきましたよ。最初は、若手なら他にも人がいると思いましたが」 「黒田さんには知識がある。なんでもよく知っている。しかし、黒田さんのいいところはそれだけではないね。会社のため、社員のために一生懸命仕事をし、てきぱきと判断していけることだと思っているよ。人事担当はそんな感覚の持ち主でないと勤まらない仕事だよ。知識は努力すれば身についていく。仕事のセンスや判断能力の良さを見込んで白石くんを選んだのだよ」 そんなことを話されていると知らない白石さんは、一人前の人事担当になるんだと、飲み会も断って勉強を続けているのでした。 ※ 1年間、白石さんといっしょに学んできましたが、このシリーズは今回で終了です。