経営者のための社会保険・労務管理

第6回 労務管理のイロハ

経営者の悩みにはいろいろありますが、社員に関する様々な問題、つまり労務管理での悩みはつきものです。社員が期待どおりに仕事をしない、社員間にトラブルが多い、すぐに辞める・続かないなどの悩みは、経営者の方に共通しているかと思います。対応策も簡単ではありません。ひとつ対応を間違えば逆に訴えられるかもしれません。
今回からは労務管理編。まずは、経営者としての「労務管理のイロハ」についてお話しましょう。

現代はインターネットでさまざまな情報が得られる時代です。
「残業代の支払ないがない」「有給休暇を取らせてくれない」など、ネットで検索すれば、法律がどうなっているか、おおよそのことはわかります。

残業代は払わないといけませんし、通常通り6ヵ月勤務すれば年次有給休暇が10日発生します。「パートだから年次有給休暇はありません」などとは言ってはいけないのです。また、たとえ社員が悪くても、いきなり「明日から来なくてよい」というのも言ってはいけません。

これらは一例です。言ってはいけないことがたくさんあります。
「ちょっと待って! そんなに法律を守っていたら、中小企業はやっていけない」と言われる経営者さんも多いです。法律の方がおかしいと言われる方もあります。

確かに、不合理だと思える法律もありますし、法律どおりにしていたら会社が赤字に転落するという事情もわからないではありません。

しかしどんな法律でも、法律であることには間違いありません。赤信号で横断してはいけないと決まっているのに、赤信号で横断したら、法律違反を問われます。

「すみません、次から気をつけます」謝って済む場合はよいのですが、赤信号で渡って重大な事故を起こしてしまえば、謝って済むことではありません。
これと同じように考えるとよいかと思います。

労務管理の基本は、まず、経営者がしっかり労働法や社会保険法について知っておくこと。
「なあんだ、そんなことか」と思われる方もあるかもしれませんが、私の経験からみると、「そんなこと」を知らないがために、多くの問題が起こっています。

そして、次にはその法律を守ること。
また、「そんなこと? もっと別の策を教えてほしい」と言われるかもしれませんね。「中小企業には無理でしょ。残業代全部払っていたら倒産するよ」というようなことでしょう。

ここからが考えどころです。どう会社を守るのか、リスクを避けるのか、方法はあります。
法律を知って、法令違反とならないために、どんな対策を講じるのか、すべてここから始まります。

ある企業でこんなことがありました。

たくさんのパートタイマーが働いています。
パートタイマーに年次有給休暇があるかないかと問われれば、当然「ある」です。ただし、多くのパートタイマーがどんどん有給休暇を所得すると、企業の負担も大きく、実際に仕事もまわらない、だから「ない」とは言わないけれど、積極的に「ある」とも言わず、請求があったら拒否しないとこんなふうに対応をしてきました。
しかし、「パートに有給休暇はありますか」との問い合わせがあり、企業として対応しなければならなくなったのです。

パートの有給休暇をめぐって半年くらい社内で話し合いました。

「みんながどんどん休暇を申請したらどうなるのだ。経営が悪くなる」と反対もありました。しかし、パートタイマー全員に現在の有給休暇の付与日数を知らせることにしました。
それから1年。パートタイマーの有給申請はありますが、誰もがどんどん有給休暇を申請するかというと、そうではありませんでした。

何をしに会社へきているのか、事業が伸びていかなければ労働条件もよくならない、会社を伸ばしていくために、みんなで力を合わせていこうとていねいに話をしていったからだと思います。

労働者の権利と義務は一体です。

権利を経営者が理解すると同時に、労働者にどう働くべきか(義務)を考えてもらうのも大切です。権利だけを主張した結果、会社が倒産してしまったら、それは労働者が望む結果ではありません。

経営者が法律を知って、法律を守るという立場にたって労務管理をする、これはあたりまえのことですが、この基本が間違っていて、大きなトラブルになることがあります。

問題社員への対応も苦慮するところです。

仕事をしない、仕事がさばけず残業が多い、他の社員と合わない、顧客とトラブルを起こす、仕事中の私用メールやインターネットの私的使用など、さまざまな問題が起こります。

こういうときにどう対応すればよいのか、それは次のコラムでお話します。


第7回 問題社員への対応法

経営者の悩みにはいろいろありますが、社員に関する様々な問題、労務管理については永遠の課題と言えるでしょう。前回は「労務管理のイロハ」についてお話しましたが、どれほどしっかり労務管理に取り組んでも、人にまつわる問題は起こります。さまざまな社員の問題に経営者としてどう対応するか、今回はその基本についてお話ししましょう。

一時期「モンスター○○」という言葉がよく使われました。

学校や担任に対して常識をはずれた苦情をいう「モンスターペアレント」、病院に対して度の過ぎた要求をするなど、常識をはずれた行動を取る「モンスターペイシェント」。

そして会社に対し何かとクレームをつけてくる「モンスター社員」。

モンスターに定義はありませんが、常識をはずれた行動に対して使われる言葉のようです。

「モンスター社員」といっても、いろいろなタイプがあります。
苦情型、攻撃型、反抗型など、さまざまです。

苦情型の社員は、少しでも会社に不満があると、外部の機関(労働基準監督署など)や他者を使って会社に苦情を持ち込むことがあります。

自分の思い通りにいかないと、どなりつけたりするのが攻撃型です。パワハラ型といってもいいでしょう。

何かにつけて反抗し、「あの人と仕事をするのはいやだ」とまわりの社員から敬遠されるタイプもあります。
また、まわりのことをまったく考えずに、自分の権利ばかりを主張するといったタイプもあります。

そして特に困るのは、本人ではなく、親や配偶者が乗り込んでくるという親・配偶者介入型です。私も数件対応したことがあります。会社のみならず、顧問社労士へ苦情が来ることもあります。 本人と直接話をしたいといっても、配偶者や親が全面に出てくるのです。モンスター社員ではなく、モンスター家族といったほうがいいケースです。決してめずらしいことではありません。

また、モンスターとは言えなくても、問題行動をおこす社員もいます。

欠勤や遅刻が多いという勤怠不良型、協調性がなく職場でもめごとを続発するトラブル型、仕事中に私用メールをしたり、関係のないサイトを閲覧する勤務態度不良型など、様々なタイプがあります。
些細なことから、横領などの犯罪行為に至るまで、いろいろです。

問題社員への対応は、一筋縄ではいかないむずかしい問題ではありますが、まずは早目の行動が必要です。
経営者が問題だと感じたときに対応しておくことです。

最初に本質をしっかり見極めないといけません。何が問題なのか、何を注意しなければならないのか。
モンスター社員や問題社員のタイプによっても異なりますが、いずれにしても、イエローカードをそのつど出すということが基本です。
イエローカードを出すことによって、モンスター化がいっそうひどくなることあるでしょうけれど、それでも、イエローカードを出し続けます。

注意すべきことを注意したかということがあとで重要になります。あいまいにしていると問題は解決しません。
問題の解決法とは、まずは、適切にイエローカードを出すことです。

いきなりレッドカードを出すことはNG。レッドカードを出すときは、労働基準法に違反しないかどうか、検討しなければなりません。

問題があればその都度イエローカードを出しますが、常識はずれた苦情については、話はよく聞き、その上で、きっぱりとした態度を示すことです。できないことはできないとの毅然とした態度が必要です。

経営者とはつらい立場に立つこともしばしば。それを乗り越えて事業を成長させることで喜びも大きくなっていくのでしょう。

一番の問題は、問題があるのに問題に気がつかないことだと思います。

それでは、次回からは経営者の方に知っておきてほしい労働基準法などを、経営者の視点からお話ししていきます。


第8回 知っておきたい労基法/賃金編

労務管理は経営者の永遠の課題です。大切なことのひとつに、労働基準法(労基法)を知ることがあります。取り返しのつかないことにならないように、基本的なことは学んでおきたいものです。今回は、経営者の立場からみる労基法です。労基法は経営者にとっても労働者にとっても同じ法律ですが、どの立場から見るかによって、理解も異なってきます。

労働者にとって大切なものは「賃金」です。働いた分を約束どおり、きちんと受け取れるかどうか、労働者にとっては大きな問題です。

毎月の給料は計算期間を決めて、一定の日に支払います。これはあたりまえと思っている方も多いですが、働く人が安定して生活していくために、労働基準法で定められています。
※賃金の支払い5原則(通貨払いの原則、直接払いの原則、全額払いの原則、毎月一回以上払いの原則、一定期日払いの原則)

全額払いの原則がありますが、給料から社会保険料や税金を引くことはOK。ところが、旅行積立金や食事代といったものを会社が勝手に給料から引くのはNG。
労使協定を結んで、これとこれは給料から引いてもいいと約束をしなければなりません。労使協定はありますか。

社員が会社からお金を借りることもありますね。たとえば資格取得のための研修費用を借りるとか、個人的な事情でお金が必要になって借りるとか。
返済についても約束するはずですが、退職することになり、計画どおりにいかないこともあります。そんなときは最後の給料から全額引いて良いものでしょうか。

借りたお金を返すのはあたりまえなのですが、勝手に引くことはできません。労使協定があること、借り入れした本人との合意があることが必要です。最初に、返済できない場合のルールを話し合って、誓約書を取っておくのがトラブル防止になります。

あいまいにしていると「全額払いの原則」に違反していると、訴えられることにもなりかねません。

給料に関して問題になりがちなのは残業代の支払い。残業代の未払いでトラブルになるケースも多いです。

なぜ未払いという問題が起きるのでしょうか。

ひとつは、実際に残業が発生しているのに残業を認めないケースです。また、あらかじめ残業は10時間までなどと決めて、それ以上は認めないというケースもあります。その他には、残業代は支払われているけれど、適切に割増がなされていないケースがあります。

残業を全部認めていると経営が成り立たないと経営者の方は思われていませんか。だらだらと残っている社員もいるし、会社にいる時間すべてが残業ではないという声も聞こえてきます。

そのとおりです。「会社にいる時間」イコール「労働時間」ではありません。
経営者としては、必要な残業は認めるが、だらだら残業などの不要な残業は認めないといったスタンスが必要です。

所定労働時間中にいかに効率よく仕事をするか、日頃からの指導が大切です。また、残業が必要な場合は、残業申告制を取るなどのルールを作った方が良いでしょう。

時間外については、原則25%の割増賃金が必要です。
労働時間は、原則として「1日8時間、週40時間」と労基法で定められていますが、1日8時間や週40時間を超えても時間外手当を支払わなくてもよい方法があります。変形労働時間制を取るなどの方法です。
また定額時間外手当などの導入で、時間外手当で給料が大きく変動しないようにすることもできます。

週休2日制をとっている会社が多いと思いますが、休日出勤も起こります。法律上は週に1日の法定休日が必要です。法定休日に出勤させた場合は35%の割増賃金です。
土曜日と日曜日が休みで、土曜日に出勤した場合、土曜日の割増率はどうなるかということですが、週に一度の休みが確保されているのであれば、25%でよいことになります。

割増賃金についても正確に理解しておかないと、不払いが生じたり、逆に支払わなくてもよいものを支払っていたりします。

賞与や退職金などは会社独自の基準で問題ありません。労基法にも定めがありません。
賞与は必ず支給されるものではないことを規定に入れておきましょう。また、支給日に在籍していることなどの支給要件については明確にしておきます。

ただし、これまでのお話は、会社の就業規則によって異なってくることがあります。
今一度就業規則を確認しましょう。就業規則そのものが法律に合わない場合は改定が必要です。

何も問題が起きないときは就業規則を意識することがないかもしれませんが、いったん問題が起こったときに、内容をもっと検討しておくべきだったと後悔することは多いのです。

今回は賃金関係についてお話しましたが、次回は、休暇、退職などについてお話しします。

第9回 知っておきたい労基法/休日休暇・退職編

労務管理は経営者の永遠の課題です。大切なことのひとつに、労働基準法(労基法)を知ることがあります。前回は賃金についてお話しましたが、賃金以外にも大事なことはたくさんあります。今回も、経営者の立場から労基法を見ていきます。経営者の立場から見ると、また理解も異なってきます。

労働者にとって賃金は重要なことですが、その他の労働条件についても、働き続けていくためには重要なことです。

では、最初に休日についてみていきましょう。

休日は、週休2日、月に○日、あるいは年間で○日など、いろいろな決め方があります。原則として、週に1日の休日(法定休日)を与えなければなりません。

では週に1日与えていればよいかというと、そうではありません。その一方で週の労働時間は40時間という制限がありますので、1日に8時間働くとすれば、週に2日の休みが必要になります。

業務の性質上、忙しいとき、ゆとりのあるときなど、業務量に差がある場合もあります。こういったケースでは、1ヶ月を平均して週40時間になるようにシフトを組めば、繁忙時期に対応できるようになります。これが1ヶ月単位の変形労働時間制です。

この他にも1年単位の変形労働時間制を取り入れることもできます。工夫しだいで多様な業務に対応できるということです。

時間外労働をさせてはいけないということではありません。時間外労働や休日労働が生じる場合には、あらかじめ労使協定で定めておき、その協定の範囲内におさまるように、時間管理をしていきます。

定めた休日以外に、特別な場合に取得できる「休暇」を定めている企業も多いでしょう。
慶弔休暇、夏期休暇、裁判員休暇などです。身内に不幸ごとがあり特別休暇を利用するということはよくあることです。

これらの休暇については、労基法上の定めはなく、企業独自で定めます。日数も自由に設定できますし、特別休暇がまったくなくてもよいのです。

有給にするか、無給にするかも企業の判断です。特別休暇は無給で問題ありません。
ただし、これまで有給としてきたのに、今後無給に変更することは、労働条件の不利益変更となりかねませんので、注意が必要です。

年次有給休暇は別です。これは条件に当てはまる労働者が申請すれば、原則として「付与」しなければならない休暇です。
「パートに有給休暇はない」と思っている人はいませんか。それは間違いです。

そして、労使間でトラブルが多いのは退職をめぐっての問題です。
労働者から退職を申し出るとき、いつまでに申し出なければならないかということですが、民法上は14日前となっています。

就業規則で1ヶ月前までに申し出ることと規定している企業が多いですが、突然退職されると業務がまわらない、引き継ぎをしっかりしてもらわないと困るという場合、1ヶ月前と規定しても問題はありません。
しかし、1ヶ月前に申し出ないと退職を認めないとか、辞めさせないなどという対応をすると問題となります。

会社から退職を申し渡すこともあるでしょう。
解雇については、その手続きについて、労基法で定められています。
手続きとしては30日前に予告すること、即日解雇という場合は30日分の平均賃金を支払うことです。

しかし、そのような手続きをすれば問題が起こらないかというとそうではなく、解雇に合理的な理由があるかどうかで争いになることがあります。

何の理由もなく「解雇」は通用しませんが、問題があったときなどやむをえない場合は、解雇の正当性を証明できるようにしておくことが必要です。

労働者が犯罪行為に及んだなどという場合は、労働基準監督署で「解雇予告除外申請」をすると即日解雇が認められることがありますので、まずは監督署で相談してみましょう。

労使間で起こるトラブルをみていると、その原因が採用時にあることも多いです。
採用時に労働条件をはっきり伝えていなかった、口頭では説明してけれど、書面で確認していなかったなど、採用時の曖昧さがトラブルへとつながります。

賃金、休日などの労働条件、そして退職時の手続きなど、法律上明示しなければならないことは当然ですが、諸条件についても最初に明確にしておきましょう。そして、労働条件通知書などの文書で確認しておかねばなりません。


第10回 労働基準監督署がやってきた!

会社を経営していると、「人」の問題が絶えることはないでしょう。なんとか社内で解決できればよいのですが、従業員や退職した元従業員が労働基準監督署に訴えることもあります。そのときは、監督署が調査にやってきます。従業員からの訴えがなくても、定期的な調査があります。「労働基準監督署がやってきた!」と慌ててしまうこともあるでしょう。今回は労基署からの調査を受けたときの対応についてお話しします。

ある日突然、「○○労働基準監督署です」という訪問を受けることがあります。

私の顧問先にそういうことがあれば、すぐに連絡していただくように日頃からお話しているので、私が対応します。
しかし、顧問社労士もいないし、はじめての経験とあっては、どう対応してよいか、混乱してしまいますね。

労働基準監督署が調査にくる、あるいは呼び出しされることがありますが、その理由はいろいろです。

たとえば、従業員の死亡など、大きな労災事故が起きた場合は、監督署はその日のうちに調査に来ます。こういった場合は、事故現場などの実地調査が目的ですから、きちんと対応してください。

労災事故は別として、突然、監督官が会社にやってくることがあります。
事と次第にもよりますが、責任者が不在であったり、業務多忙であったりする場合は、本日は調査に応じられないとお断りしても問題ありません。ただし、後日、対応できる日を決めて、調査を受けるようにします。

調査の場合、労働者の申告によるものか、定期的な調査かを、あらかじめ確認するとよいでしょう。
労働者の申告によるものであれば、たとえば解雇予告手当が払われていないとか、時間外手当が払われていないとか、何らかの問題があってのことです。
最初に、「本日の調査はこの問題ですね」と調査の範囲を確認しておくことも大切です。
そうすれば、範囲外のことまで調査が及ぶことを防げるでしょう。

あることが原因で受けた調査が、まったく関係のないことまでに及び、是正勧告を受けるというケースがありました。
もちろん、正しく対応していないことが悪いのですが、最初の目的とは違うことで、是正勧告を受けると、わりきれないものが残ります。

定期的な調査では、一般的なことをすべて調査されます。

労働者名簿、賃金台帳、出勤簿、労働条件通知書などは、当然備えておかなければなりません。

労使協定があるか、就業規則を作成し届けているか、届けている場合でも就業規則の内容が古くなっていないかなどもチェックされます。
有給休暇の管理表まで確認されたこともありました。

経営者が心配されるのは、時間外労働や休日出勤について調査の結果、支払いを求められるのではないかということです。
(思い当たることがあるからでしょうが・・・)

しかし、監督官は、違法状態の是正を求めることはできますが、「支払い命令」は出せません。支払い命令を出せるのは裁判所だけです。

本来は2年間さかのぼって支払うべきところ、3ヵ月だけ支払えばよいなどという裁量は監督官にはありません。

問題になるのがタイムカード。タイムカードどおりに支払っていないといわれることもありますが、タイムカードが正確な労働時間を示しているとも言えません。

タイムカードは出退勤の確認であり、時間外については「時間外申告書」により承認したものについてのみ時間外手当を支払うなど、事前に就業規則等に定めておくと、リスクは回避されます。

調査を受けて、いろいろな指導を受けたら、そのあとの対応が大切です。報告書を求められますので、期日までに対応しましょう。どうしても期日に遅れるようであれば、連絡を入れておきます。

監督署の調査を受けてもまったく問題がないというように、日頃からの管理が必要ですが、なかなか難しいことです。
調査を受けたのちは、前向きに改善していく機会とすることができればいいですね。

ごくまれではありますが、労働者が理不尽な要求をもって監督署等に訴えることもあります。

そういうときは、毅然とした態度で不当な要求は受け入れないということも必要です。


第11回 リスク管理型就業規則のツボ

会社を経営していると、「人」の問題が絶えることはありません。いったんトラブルが起こると、従業員や退職した元従業員が労働基準監督署に訴えることもありますし、ユニオンや弁護士が会社にやってくることもあります。いきなり裁判に訴えられるということもあります。そうなると「証拠」の世界です。就業規則、契約書、誓約書などをもっと整備しておけばよかったと初めて気がつくことになります。「リスク対応型」就業規則が必要です。

従業員(パートも含めて)が常時10人以上いる事業所には、労働基準監督署へ就業規則の届出義務があります。これは従業員が10人未満なら作成しなくてもよいということではありません。10人未満の小規模事業所では、届出の義務がないということなのです。
届出義務にかかわらず、一人でも採用すれば就業規則が必要だと思っておいたほうがよいでしょう。

就業規則は「会社の憲法」とも言えるものです。どんな条件で働いてもらうのかという条件提示の意味があります。また、どんなことを守らなければならないのかと労働者の義務もあます。働くにあたっての約束事を明確にするものです。

あなたが経営する会社に就業規則はありますか。

会社設立時に就業規則を作成される場合も多いですが、今やネットでモデル就業規則をダウンロードできる時代です。ダウンロードし、少し手直しすれば就業規則ができあがるでしょう。
許認可などの関係で役所に提出しなければならないからと、急いでで就業規則を作成するケースも見受けられます。なんでもいいから出せばいいという感じで。

しかし、経営者にとっての就業規則は「リスク対応型」になっていなければならないのです。

何事も順調に行くとは限りません。特に「人」に関することは、いったんこじれると深みにはまっていくことがあります。

社員が何の連絡もなく出社しなくなったとか、社内でパワハラ問題を起こしたとか、社内情報を他にもらしていたとか、あってほしくないことですが、どんな問題が起こるかわかりません。

そんな問題が起こったときに、就業規則にそって対処できるかということです。
就業規則はあるけれど、必要なことが記載されていないので、就業規則を根拠に対処できないということにならないようにしておきたいのです。

時々あるのが連絡もなしに出社しなくなる社員です。電話には出ませんし、自宅へ行っても不在、家族の連絡先もわからないとなり、解雇して良いかどうかというお問い合わせもあります。

しかし、このようなことに備えて、就業規則で「連絡が取れず無断欠勤が1ヵ月経過したときには自然退職とする」ということを定めておけば、解雇という手続きを取らずとも退職とすることが可能です。

社員が大きな問題を起こしたときも、どのような処分をするのか、きちんと定めていれば、それにしたがって、懲戒解雇ということもできます。
もちろん、解雇権の濫用とならないように慎重にことをすすめなければなりませんが、就業規則の一文が会社を救うこともあるのです。

また、就業規則ばかりではありません。
契約書(あるいは労働条件通知書)は作成しなければなりませんが、それすらしていない事業所もあります。
文書で労働条件を通知していないというのは危険です。どのような条件で働くのか、個別の給与などをきちんと明示しておかないと、のちのちトラブルになることもあります。

たとえば、残業手当も含んで役職手当を5万円つけるというケースでは、残業代込みであることを口頭で伝えただけではいけないのです。そのときは「わかりました」となっても、何か問題が生じると、残業代不払で訴えられる可能性もあります。

誓約書関係も必要です。誓約書があるから万全とはいえないこともありますが、必要と思われることは誓約書を取っておきましょう。
また退職時には、退職時の誓約書を取っておくとよいでしょう。

身元保証書についてはそこまで求めていない企業もありますが、最低限、家族の連絡先などは把握しておく必要があります。

身元保証書の有効期限は、期間の定めのない場合は3年間、期間を定める場合でも最長で5年間です。自動更新はできません。更新する場合は改めて手続きをしてもらう必要があります。
10年前の身元保証書があるので、保証人に損害賠償を求められるかというと、期限切れとなっているので、求められません。

就業規則は関連法令を守って作成しなければなりませんが、企業の裁量で決定できることもあります。モデルのまま使用しても問題ない部分もありますが、すべてがモデルではリスクに対応できないと考えてください。

これから会社をはじめる場合、就業規則はあるけれど、しばらく見直ししていない場合、急いでモデルで作成したという場合、再度見直しをしてみましょう。
そのとき、さまざまな問題を想定して、その問題に対処できるものになっているかという視点で見直していくのがポイントです。

これは会社を守るために経営者がやるべきことですね。


第12回 事業の拡大と雇用

事業を拡大していくときのポイントは「人」。特にひとり事業から出発した場合、次のステップは人の雇用です。経営者の悩みにはいろいろありますが、社員(人)に関する問題は永遠の課題と言えるでしょう。今回は、事業を拡大していくために、その要となる人の採用・雇用に関してお話をします。
最初から会社組織で社員を雇用しないと営業できない業種もありますが、まずは、ひとりで事業を開始し、その後、人を採用し拡大していくというケースもありますね。

ひとり事業主は営業から雑用まで、なんでも自分でしなければなりませんが、ひとりということは意外に気楽なことでもあります。
自分で考えて、自分で決める。社内会議はいっさい必要なし。大変なように思えますが、会議がないということは、仕事が進めやすいということでもあります。経験された方はよくおわかりになるでしょう。

しかし、ひとりでできることに限りがあります。ある程度、仕事を効率化しても、すべてを自分でこなさねばならないので、長時間働いても限界がきます。その位置で仕事をキープするのか、投資をして次のステップへ踏み出すのか、ある程度成功してきたひとり事業主が悩む通過点だと思います。

さらなる事業拡大を目指すとき、人を採用することになります。
誰しも、秀な人材に働いてほしいと思います。ところが、これが難しいのですね。

経営者の方から、「人を見る目に自信がなくなった」という声をよくお聞きします。採用した社員がトラブルを起こす、仕事ができないなど、見込み違いであれば、採用面接をした経営者は自分自身をせめてしまうのです。
そして、そんなことが続くと、もう自分は人を見る目がないと、落ち込んでしまいます。採用した社員ではなく、自分を否定してしまいがちです。

では、採用面接で心がけておくべきポイントはどのようなことでしょうか。

採用時の面接のポイントは、約束どおりに時間に来訪するか、面接にふさわしい服装であるかなど、当たり前のことが意外に重要です。人の顔を見て話すか、顔の表情、声の大きさなども大切です。

面接では、いろいろなことを質問しますが、本籍地や家族の職業など、質問してはいけないこともあるので注意をしましょう。
職歴のある人の場合は、前の職場を退職した理由を聞いてみてもいいでしょう。理由が問題なのではなく、以前の勤め先を悪く言うようであれば、NGを出します。

自分の長所、短所、またこれまでに失敗したことなどを聞くのもいいでしょう。失敗はないというと、ちょっと考えてみたほうがいいかもしれません。

健康状態を確認することも大切。採用後に発病し、実は病気を隠していたということがわかったというケースも少なくはありません。
病気のことは聞きにくいものです。事前に簡単な質問シートを用意して、この1年間の大きな病気や常用する薬の有無など記載してもらってもいいでしょう。

面接は複数で行うことも必要です。面接時ばかりではなく、電話での問い合わせなどのときから、受け答えなどには注意しておきましょう。

しかし、最終的には、「自分の感」です。
経営者は、失敗もしながら、その感を養っていくことになります。どんなにしっかり面接をしても、100%成功ということはありません。かといって、うまくいかないときに、見る目がないと落ち込むこともありません。誰もが通る道なのですから。どんどんと自分の感性を磨いていくことです。

人を採用した後は、しっかり指導し、気づいた点はあいまいにしないことが大切です。
小さなことを見逃していると、大きな問題になります。

きびしいくらいの指導を乗り越えて努力する社員こそ、力を発揮してくれるでしょう。
きびしくすると退職すると言われますが、仕事に対する覚悟も面接のときに確認しておきたいものです。

優秀な人でも仕事への覚悟、やる気、取り組む姿勢が不足していると、力を発揮できません。「去る者は追わず」と経営者が覚悟することも、また必要でしょう。

※経営者のみなさんへのお話を12回シリーズで連載してきましたが、今回が最終回です。これまでのお話をヒントにしていただければ幸いです。