事実婚

はじめに

社会保障制度は大変複雑です。
何事もなければそのままとおりすぎていきますが、何かことが起きたときに、はたと困ってしまいます。
「どこへ行けばよいかわからない」、「誰にたずねればよいかわからない」、「パンフレットをみたけれど言葉がむずかしくてわからない」、「結局私の場合はどうなるの?」など、わからないことだらけになりがちです。そのような社会保障制度について、必要な情報をお伝えしていくのが、12回のシリーズコラムです。誰にでもわかる言葉でお話していきます。

事実婚 〜届出ひとつでどう違う?「法律婚」と「事実婚」〜

日本では、結婚すれば婚姻届を出し(法律婚)、妻が夫の姓を名乗るという結婚のスタイルが日本においては主流ですが、婚姻届を出さないカップル(事実婚)も増えています。

婚姻届を出さない理由はさまざまですが、仕事を持っているカップルでは、姓が変わることによる不利益もその理由のひとつ。姓が変わることにより別人だと思われることもありますね。また、旧姓を認められている職場でも、旧姓と新姓を使い分けるのは意外にめんどうなもの。身分証明書と使用している姓が異なると何かと不便です。 また、熟年の再婚では、相続時のもめごとを避けるため、あえて届出を出さないカップルもいます。民法改正によって夫婦別姓が認められるまで婚姻届を出さないというカップルもあり、ほんとにさまざまです。
ひとくちに「結婚」といっても、そのスタイルが変わってきました。

★ある女性の事実婚までのストーリー

亜希子さんは事実婚を選んだひとりです。

離婚して、シングルマザーとなり、そして子連れで再婚した亜希子さん、娘と新しい夫との仲もよく、家族3人で、ようやく幸せをつかめたように感じていました。娘と新しい父親との仲もよく、もう結婚はこりごりだと思っていた亜希子さんも、現在の夫に出会えて、夫婦はいいものだと思えるようになりました。

亜希子さんは大学を卒業してからずっと仕事を続けてきました。
娘が誕生したあとも育児休業を取り、子育てと仕事を両立させてきました。それはとても大変なことでした。子育てに協力しない夫が許せなくなったのも離婚の原因のひとつでした。
離婚後は生活のため、営業職としてがんばりました。たくさんの人とのつながりができました。

再婚を決めたとき、亜希子さんは今さら姓を変えることはできないと考えました。
「離婚した」、「再婚した」など、仕事に関係のないプライベートなことをオープンにしたくありませんでした。また、子どもの姓を変えたくなかったこともあり、法律上の届出を出さない事実婚を選びました。彼にも依存はなく、事実婚が支障となることはなさそうでした。

ところがその後、幸せなはずの亜希子さんなのに、いつもにましても疲れが残るようになり、身体に異常を感じ、心配になって病院へ行きました。

検査に時間がかかりましたが、なんと、がんを宣告されたのです。

がんは今では不治の病ではなく、手術し治療を受ければ治るとの説明を受けましたが、やっと落ち着いた家庭を持つことができるようになった亜希子さんが受けたショックは大きく、しばらく寝込んでしまうほどでした。

落ち込んでいた亜希子さんは、心配する夫や娘をみて、家族のためにもっと生きたいと思うようになりました。また、自分のためにも生きたいと思いました。

そして療養に専念するため退職し、元気になったら、将来を考えて、ほんとにやりたい別の仕事をはじめようと決意したのです。

この先どれだけ生きられるかわからない、だからこそ、ほんとにやりたいことをやっていこうと、それを目指して、それを心の支えに治療を受けることにしました。

★健康保険はどうなる?

さて、退職することになった亜希子さんは、これまで会社まかせにしていた、いろいろな手続きを前にとまどってしまいました。
退職後、通院は続きますので、すぐに健康保険証が必要です。年金の手続きもしなければなりません。

「病気療養中は、夫の健康保険の扶養家族になればいいですよ」と会社の担当者が教えてくれました。
しかし、亜希子さんは、戸籍上の妻ではないのに、健康保険の扶養家族になれるのか、自分はなれたとしても、夫と養子縁組をしていない娘はどうなるのかと心配になってきました。

娘の保険証がなくなってしまうと困ります。会社の担当者にも聞きづらい話です。
「事実婚」であることは、あまり人には言いたくありません。「なぜ籍を入れないの?」などと詮索されたこともあるからです。事実婚に対する世間の理解は、まだ不足しているようです。

困った亜希子さんは、専門家として仕事をしている友人にたずねてみることにしました。友人はいろいろと教えてくれました。結果として、亜希子さんの当面の心配は解消しました。

★事実婚の証明

社会保険では、事実婚も法律婚と同じように扱われます。つまり、「夫婦であること」が証明できれば、法律上の婚姻関係にある人と同様に、健康保険の扶養家族として認められます。

亜希子さんの夫は会社員です。亜希子さんは退職後、病気療養に専念しますし、療養中は、雇用保険の失業給付ももらえませんので、収入はゼロとなります。退職後の収入見込みが一定の基準以下であれば、夫の健康保険の扶養家族になれます。
また、亜希子さんの娘は、夫と養子縁組をしていなくても扶養家族として認められます。
つまり、ふたりとも夫の健康保険の扶養に入ることができます。保険料負担がないので安心です。

事実婚の場合、「夫婦であること」の証明書は住民票です。
市区町村で表記に違いはありますが、夫が世帯主であれば、法律上の届出を出していない妻は「未届妻」という続柄になります。「妻」であることを申し出てください。
何の申し出もしなければ、ふたりの関係は「同居人」として表記されます。「同居人」の場合は夫婦として認められませんので、続柄を変更したのちに、扶養の手続きを行います。
続柄の変更に証拠がいるわけではなく、本人の申立てによっていつでも変更できます。

子どもは、夫が世帯主の場合「妻の子」などという表記になっています。
こういった住民票があれば、世帯主(夫)とその妻、子の関係を証明することができます。子どもは義理の父親と養子縁組をしていなくても、健康保険の扶養家族となれるのです。

★事実婚の妻の年金

退職後は、年金の手続きも必要です。亜希子さんのようなケースでは、厚生年金から国民年金へと変更になりますが、国民年金には「第3号被保険者」という制度があります。

サラリーマン等の妻(20歳以上60歳未満)で、健康保険の扶養家族として認められる人は第3号被保険者となります。第3号被保険者とは、年金上の扶養家族といった意味合いを持ち、配偶者が厚生年金に加入していれば、自分で国民年金の保険料を納付することなく国民年金に加入でき、その間は保険料を納めた期間とみなされ、将来年金を受け取れる有利な制度です。

わかりやすくいえば、サラリーマンの妻であるということで、自分のサイフからお金を出すことなく年金を受け取れる制度です。しばらく働けない亜希子さんは、第3号被保険者となることで、年金についても安心です。

公的年金制度には、夫婦の特典がいくつかあります。
20年以上厚生年金に加入した夫が、一定の年齢になって老齢厚生年金を受け取るとき、夫に扶養する妻(65歳未満)がいれば、年金の家族手当(配偶者加給年金額)を加算するというしくみがあります。

また、遺族年金もまさに夫婦の特典というべき年金制度です。
もちろん、配偶者以外の人が遺族年金を受け取る場合がありますが、もともと遺族年金は、夫が死亡したあとにひとりで子育てをする妻、ひとりで暮らす妻を救済することを主な目的として作られた制度です。
夫が在職中に死亡すると、その妻は遺族厚生年金を受給することができますが、ここでも法律婚であるか、事実婚であるかは関係ありません。

事実上の婚姻関係が認められれば、加給年金額も加算されますし、遺族年金ももらえます。法律婚の場合は戸籍謄本で婚姻関係を証明できますが、事実婚の場合は戸籍謄本では証明できないので、その証明に少し手間がかかるということを理解しておいてください。

夫に万が一のことがあれば、妻の亜希子さんは遺族厚生年金を受け取ることができますが、遺族基礎年金は受け取れません。遺族基礎年金を受け取ることができる遺族とは、「子のいる妻」ですが、遺族年金でいう「子」は、実の子か養子縁組をしている子です。
亜希子さんには子どもがいますが、遺族年金でいう「子のいる妻」とはなりませんので、遺族基礎年金はもらえません。

また、亜希子さんの場合にはあてはまりませんが、事実婚であっても、前妻との間に法律上の婚姻関係が継続している場合は、事実婚の妻が「年金上の妻」として認められるのは簡単ではありません。

★事実婚と所得税

このように、健康保険制度や年金制度では、事実婚のために不利益を受けないようになっていることを聞いて、亜希子さんはほっとしましたが、同時に安心してばかりはいられないということにも気がつきました。

所得税や相続税などの税法において夫婦関係を認めるのは、法律婚に限られています。
配偶者控除なども事実婚の妻は対象となりません。亜希子さんは退職後、収入がなくなりますが、夫は配偶者控除を受けることはできません。亜希子さんの娘を扶養親族とすることもできません。

そのかわりといってはおかしいですが、事実婚である亜希子さんは、再婚後も所得税の寡婦控除を受けることができます。
亜希子さんは子どもをひきとっての離婚でしたので、離婚後は、「特定の寡婦」として寡婦控除を受けてきました。再婚しましたが、法律婚ではないので、引き続き寡婦控除を受けることができます。

「再婚したのに寡婦控除?」とちょっとおかしな話ですが、税法は法律婚を前提とした法律です。事実婚は婚姻とみなさないのです。

★事実婚では相続対策を

心配なことは、相続です。
夫が死亡した場合、事実上の妻は法定相続人となりません。遺言で妻に財産を遺贈することを明記しておく必要があります。ただし、遺言書があると何の問題もないかというとそうではありません。夫に前妻との子がいる場合、遺言で全財産を妻に遺贈するとしても、遺留分の問題が残り、面倒なことになりかねません。
一方、子どもがなく、両親も死亡し、法定相続人が兄弟姉妹である場合などは、遺留分がないので遺言で解決できるでしょう。ただ、遺言は大切ですが、遺言だけでなく妻を受取人にして生命保険に加入するなども考えるとよいでしょう。いずれにしても有効な遺言書を残しておくことが必要です。

★自分の生き方を守るために

亜希子さんは自分が選択した「事実婚」がどのようなものであるか、だんだんわかってきました。ずっと元気でいたのなら、気がつかなかったかもしれません。

亜希子さんは病気になったこともあり、遺言状を書くことにしました。事実婚のために不利益になることに対しては、できるだけの対策を取っておきたいと考えています。
民法改正による夫婦別姓が実現したら、婚姻届を出すことも夫婦で考えてみます。

結婚の形はさまざまです。同居をしない別居結婚や通い婚のようなスタイルをとっているカップルもあります。
しかしながら、日本には「世帯」という考え方があり、事実婚を婚姻として認めている社会保険制度においても、同一世帯でないと婚姻関係が認められないことになります。

自分たちの望む結婚スタイルや生き方を守るためには、、まずは現在の制度をよく知ってしっかり活用し、足りない部分は何か自分でできる対策をとっていかなくてはなりませんね。